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理想の私が死んでいく

適応障害で休職→復帰しました。悩みつつ楽しく生きる雑記ブログ。

夢を持った新卒が適応障害になるまで③

こんばんは。

急に寒くなりましたね。

 

今日は『夢を持った新卒が適応障害になるまで』の3回目です。

 

2回目でもお話しましたが、私は異動の辞令を受け、私は女性向け製品を取り扱うA社の営業担当として△△事業所で働き始めました。

 

△△事業所は元々いた事業所と比べ若手が多く、活気がありました。

A社との案件は、予算が大きい上に面白い案件が多く、毎日が刺激的でした。

楽しいと感じることも多かったです。

私が夢見ていた「仕事をバリバリこなす女性」に少し近づけたような気がしました。

 

でも、私の直属の上司にあたる鈴木さん(仮名)が難しい人だったのです。

 最初から少し違和感は感じていたのです。でも気づかないふりをしました。

 

鈴木さんは「お客様のため」を徹底している営業マンでした。

お客様の要求する納期は確実に答え、商品に対するクオリティにはデザインや仕様を含め一切の妥協を許しませんでした。

またお客様に気に入られるための努力は惜しまず、A社の前で担当を出待ちをして食事に誘うということも、断られても折れずにし続ける人でした。

A社とうちの会社の取引は1年前はほぼなかったにも関わらず、鈴木さんが担当になってからは、A社との取引は右肩上がりで社内外含め一目置かれている存在でした。

ただ、鈴木さんは社内では扱いづらい人という評価もありました。

 お客様を優先するがゆえに社内の「無理」という言葉を嫌い、社内の人の気持ちやキャパシティは無視してしまう傾向がありました。

私が着任した当時は、周囲の人に「鈴木さん厳し過ぎない?大丈夫?」と声をかけられ続けました。

 

実際、鈴木さんはとても厳しい人でした。

ただ、私に少しは期待をしてくれるがゆえに言ってくれているとも思いました。

私は鈴木さんが嫌いではありませんでした。

むしろ1年で業績をV字回復させたことや、仕事に対する熱意を尊敬していました。 

「俺はお前に嫌われてもいい。来年お前が一人立ちできるようにしたいだけだ」

厳しいことや、酷いことを言われても、最終的には何度もこの言葉をかけてくださいました。

社内の人が言うような、心が冷たい人には思えず、根底に優しさがある人だと私は感じました。

 

一生懸命頑張りました。

 

私は○○事業所を出て、地元を離れ、2年は戻るところが無い覚悟でA社の担当になったのです。

鈴木さんに認められたい。見捨てられたら終わりだ。

そういう強迫観念と自己承認欲求で毎日仕事と向き合いました。

鈴木さんは着任したばかりの私に責任の多い仕事も積極的に任せました。

嬉しくもあり、悩みでもありました。

毎日毎日、こんな大きな仕事を私の裁量で進めていいんだろうか。

そう自問自答しながらも、戦い続けました。

鈴木さんには「頑張ったなんて言葉には意味が無い。お客様を驚かせる完璧な物を出せ」と言われていましたが。

 

いつからだったのでしょうか。

知らない内に積もり積もっていったのかもしれません。

 

私が仕事が手いっぱいで、残業してしまうと、

「この程度でどんだけかかってんの。お前なんかいなくてもA社の仕事は俺がいれば全部回るんだよ」とみんなの前で怒鳴られ。

 

鈴木さんが外出していて、「お前が全部責任もってやっといて」と言われたので、私が確認してお客様に提出したデザインを、

「お前が提出したデザインありえない。最低。お前ちゃんと見た?あれで良いと思うなら感性がそもそもおかしいから治せよ」と仕事が終わった後、飲み屋で何度も何度も繰り返し朝まで叱責され。

 

初プレゼンで初契約をとった帰り道、

「契約とれてよかったな。だせえプレゼンだったけど」と言われ。

 

毎日、「馬鹿」「お前」「遅い」と言われる日々が普通になってしまいました。

私は鈴木さんに怒られることが怖いのではなく、失望されることを恐れていました。

 

上の言葉はまだ耐えられたのです。

実際、私自身も思っていたことなので言葉は少しキツイけど指摘してくださっているんだと。

 

ただ言われた言葉の中で一番きつかったのが、

「お前暗いよ。何とかなんないの?」

言われた瞬間、息が詰まりました。

頑張って頑張って、いつも明るくしているつもりでした。

それでも私は普通の人から見ると足りないんだ。

そう思って、次の日からは無駄に明るく元気に声は大きくふるまうように心がけました。

「軍隊みたいだね」と周りから揶揄されても、「鈴木さんは絶対なので!」と周りにおどけてみせました。

 

それでも、お客様と心から仲良くなるのは、根が人見知りの私にはとても難しいものでした。

お客様は鈴木さんに対し完全な信頼があり、私はおまけの子だという雰囲気は商談で感じていたので、入る余地が見当たらないのも苦しい原因でした。

知識も経験も無いなら、人柄や愛嬌で好かれるしかないのに、どうしても上手く行く方法が私には分かりませんでした。

 

「もっと明るくお客さんと接さないと。お客さんに気を使われてるようじゃダメだろ。もっと笑え、笑わせろ。好かれて仕事作るのが営業だろ」

何度も言葉を変えて、「性格が暗い。性格を変えろ」と言われました。

それが苦しくて。でも苦しいとゆっくり感じる時間もなく、必死で明るい人間の仮面を何枚も被ろうとしました。

 

鈴木さん本人に「俺がやってることってパワハラ?」と聞かれたこともありました。

私は笑って、「そんなことありません。鈴木さんは正しいです」と言いました。

 

行動は騙せても、体は正直でした。

休みの日は布団から1日中起き上がれず、ずっと眠ってしまう。

何も考えていないのに、電車に乗っている時、涙が自分で止められなくなる。

 

でも、見ないふりをしました。

異動したてで、いまは慣れていないから。きっと慣れるはず。

 

そうして過ごしていた日々に、ついに終わりが来てしまいます。

 

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