理想の私が死んでいく

適応障害で休職→復帰しました。悩みつつ楽しく生きる雑記ブログ。

甘えてる私を痛めつける人

ちょっとした視線やため息、声色、目の形、物を扱う動作で、その人の感情を想像してしまう。


私の想像がその人の感情を本当に言い当ててるかは知らないけど。


想像力が豊かというと、いい意味に聞こえるけど、妄想力が強すぎるだけだと思う。


空気が張り詰める時、何か不穏な空気を感じた時、誰かの怒りを感じた時、私はその空気を緩める努力をする。


例えその張り詰めた空気の原因が私じゃなかったとしても、私が道化になってでも緩めたくなる。


自分も傷つけられたくないし、誰かが傷つけられている場面を見たくない。


そうやって勝手に妄想して頑張っては疲れてをいつまで繰り返すんだろうな。


何で周囲を気にしないで生きられないんだろう。


本当はもう適応障害って大丈夫なんだと思う。

私がちょっと頑張って嫌なことを我慢すれば、働けるレベルなんだと思う。

でもお医者さんがまだいいよっていうから甘えてる。

親が友人がここで知り合った方がゆっくりでいいよって言うから甘えてる。


自己肯定できないから、他人に肯定してもらってなんとか生きてる。


現実的に考えて、このままで良いはずない。

お金が無いと生きれないんだもん。

今暖かくして屋根の下で寝れてご飯を食べれてるのは、私の両親はたまたま優しかったから。

私が帰ってきてたくさんお金を使わしている。

少し貯めてるお金はあるからそこから渡そうとしても、両親は受け取ってくれない。

沢山たくさん迷惑を掛けて、生きている。

本当は両親に親孝行とかしたいのに、全然真逆のことばっかりだ。


好きなことして生きたいとか、無理せず生きたいとか、甘えてる。


そういう甘い自分がやっぱり嫌いで、でも周りはそれで良いんだよって言ってくれて、苦しい。


もし大切な人が病気になったら、ゆっくりしてほしいと思うのに、私はまだ自分を痛めつけて罰を与えないと気が済まないみたいだ。