理想の私が死んでいく

適応障害で休職→復帰しました。悩みつつ楽しく生きる雑記ブログ。

押し入れには思い出がいっぱい

こんばんは。

寒くて今日はスープを二杯も飲みました。

あと、お昼はピザトースト食べました。

秋にアツアツのピザトーストは最高に美味なのでおすすめです。

玉ねぎとピーマンは多めだと野菜の甘みが出るのでいいですね。

 

昨日に比べ、だいぶ気持ちが落ち着いてきました。

 

今日は朝から自室の掃除をして、引っ越しの荷物を引き取りをしました。

その後、のそのそと荷ほどきをしていたら夜になっていました。

 

まあ、いつか片付いたらいいなという気持ちでやっていこうと思います。

 

実家ではいらないものが結構あるので、ネットで売るか、誰かにあげるか、いっそのこと捨てるかぼんやり悩んでます。ある程度片付いてから考えます。

 

掃除をしていたら、小学校のころの文集やアルバムがまとまっている段ボールが押し入れから出てきてパラパラ読み返していました。

 

小学校のころは暗い思い出が多いような気がしていましたが、文集を見た感じは楽しそうな自分がいました。七五三に行った時のことを書いた作文があり、文章はめちゃくちゃでしたが、自分が忘れていたようなことも書いていて面白かったです。

 

本当は楽しいこともあったはずなのに、成長していくうちに楽しいことは忘れて記憶が悪い方向にしか残らなくなっていったのか、大人に勘繰られないように模範回答を書いていたのか、よくわかりません。

 

幼いころに書いていた夢がアイドルだったのには笑いました。

そういえばミニモニ。になりたかったなー、と。

身長が小さいので当時は本気で入りたかったです。

タレントのスクールにも通ったんですが、才能がなかったですね。笑

自分がちょこっとTVに出たときのビデオとか出てきて、色々思い出しました。

発声練習とかダンスの練習とか小学生なりに頑張ってたよなあと思いました。

 

適応障害になってから「周囲の評価を気にして私は今まで頑張ってきた」というのを自分が思い込んでいるところがあるのですが、それだけじゃなくて、基本的には自分が好きなことを選んできて生きてこられた人生だったと思います。

 

私がやりたいと言った習い事は習わせてくれました。

大学も相当なお金がかかるのに、奨学金無しで通わせてくれました。

就職活動も勉強も心配こそされましたが、一方的な感情的な意見を押しつけられたことはなかったと思います。

ご飯も母は仕事をしているのにいつも手作りの料理を何品も出してくれました。

 

立派な両親だと思います。

私はそういう人間になりたいと思って、頑張ってきました。

私は私の家族みたいな家族が作りたいと思っていました。

周囲の評価がどうというより、そうありたいと願って自分の意志で走り続けてきた部分の方が大きかったはずです。

でも、私の家族みたいな家を作ることは、すごく難しいことだなと今は感じています。

 

結婚って怖いなと感じている部分もあり、今後結婚もするかも分かりません。

子供を産むか、産めるかも分かりません。

 

心療内科の先生に何も考えずにいまはゆっくりしなさいと言われるのですが、体調が良いと頭がクリアになって、余計なことを考えてしまします。

現状は心がざわざわしながら、好きなことをやってるって感じです。

心療内科の先生に1度相談してみようかな。

気にしないって難しい。

 

明日も予定が山盛りだけど、1日頑張るためにフレンチトーストでも作ろうかな。

とろとろスクランブルエッグでもいいな。

朝ごはんを考えるの大好きです。