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理想の私が死んでいく

適応障害で休職→復帰しました。悩みつつ楽しく生きる雑記ブログ。

全国のお母さんはすごい。

こんばんは。

 

このブログの記事が増えてきたので、全部読み返して、気持ち悪い表現はちょこっと直しました。

まだここ1週間のは見直せていませんが。

 

常に勢いで書いているので、誤字脱字の多いこと多いこと。

 

ちゃんと見直したいけど、書き終わると嬉しくなって公開するボタンを押してしまうんですよね。

 

最初の頃の記事は、自分で読み返してみてだいぶ切羽詰まっていたというか、本当にブログ始めて良かったなと思いました。

 

最近、気になるのは母のことです。

 

 

母は常に家族のために家事と仕事の両立で働いています。

 

私自身、「人のために○○をしなければ」と思う時は、表面上は取り繕っていても、ものすごい精神力が必要です。

例えば、一人暮らしのときにしていた家事なんかは、自分のペースで行っていたのであまりストレスになりませんでした。

 

実家に戻ってからは、療養中とはいえできる時は、母の家事を手伝います。

 

そのことは母の負担を減らしたいと思う「自分のための心」でやっているのでいいのですが、他の家族がかなり母に家事を丸投げしていて、感謝の心をほとんど表さない(本当は、心の中で思っているとは思いますが、伝えないと分かりません)のをみると、母は相当な負担だろうなと想像するのです。

 

母は働いて家事もして、ごはんも作って本当にすごいと思います。

でも、もし自分が母の立場になった時、心を無にして家族のために尽くせるのかと問われると、正直「かなりキツイ」と思ってしまいます。

 

家族(私も含め)はいい大人なので、食事の用意や洗濯・買い物など家事分担してもいいと思うのですが、実質の負担は母にすべて行っているので、本当に頭が上がりません。

 

こういう家庭内事情をみていると、家事分業制に変えたいなと思うのですが、なかなか難しいのです。

 

「他人を変えるということはできないので、基本は自分が変わるしかない」ということが頭にあるので、弟の前でさりげなく家事をしてみたりするのですが、なかなか…。

 

全くできないというわけではなく「○○やってくれない?」と頼むとやってくれるのですが、気づいて自発的にというのは難しいようです。

 

父は家事スキル的には母よりできる部分がたくさんあるのですが、自分は稼いでいるので家事は母がするものという固定概念があるようで、なかなか難しいのです。

 

せめて、家事をしなくても、

車で迎えにきてくれたら「ありがとう」

ごはんを作ってくれたら「おいしいね」

キツイ言葉をかけたら「ごめんなさい」

 

それだけで多分少しは救われると思うのです。

 

あんまり気にしないで、私が母へできることをするしかないのですが、なんかもやもやするんですよね。自分の未来を見ているみたいで。

 

全国のお母さん。

家事やおしごと大変だと思いますが、手を抜きつつ、頑張ってください。

無理はしないでください。