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理想の私が死んでいく

適応障害で休職→復帰しました。悩みつつ楽しく生きる雑記ブログ。

大切な人が病気になってしまったら、その辛さを調べてほしい。病人のわがままでしかないけど。

 こんにちは。

 

昨日の夜、久しぶりに私の気分は大荒れでした。

 

酷い自分語りです。

読みにくいと思います。すいません。

 

ちょっとしたことだったのです。

 

私の部屋はリビングの真上にあります。

ちょうど昨日の記事を投稿し終わって、一息ついたころだったのでしょうか。

 

父と母の話す言葉の端々が、聞こえてきます。

 

父「メイ子は〇〇のところをもっと治さないと。そういうところが甘いんだ」

 

父が母に何かを強く言っています。

母も答えます。

 

母「私は家事してもらわなくていいもの。メイ子が体調が安定してくれさえすれば」

父「母親なら、娘にもっと家事を…」

 

なんだかよく分かりません。

分かりませんが、私のことで軽く言い争いになっているのは分かります。

いつものパターンです。

なぜ当人がいないところであれこれ言うのでしょう。

おまけに聞こえています。

溜め込んで溜め込んで、「前々からお前は…」と後で言われるのが一番辛いのですよ。

 

下に降りて、さりげなく「なーに?私のこと?」と両親に言いました。

二人ともばつが悪そうでした。

 

「私の名前が聞こえたから、降りてきちゃった」

 

父は昭和の頑固おやじをそのままイメージしてもらえばだいたい合ってます。

亭主関白、男は仕事、女は家事。職人気質で自分の意見は曲げない。

誰が飯を食わせてやってるんだと言われたことも何回かあります。

でも、家族愛は人一倍強く、私たちのことを愛してくれていると思います。

 

父は昔から厳しく、私はいっぱい怒られてきました。

弟には怒らないようなことでも、私には怒ることがたくさんありました。

それは、父の性格上、仕方のないことだと諦めて生きてきました。

私は父が好きですし、父も私を愛していると知っています。

だから、私は理不尽なことで怒られても、父が好きです。

 

こんな性格の父ですが、私が適応障害で休職してからは、驚くほど優しくしてくれました。

それが、申し訳なくもありいままで甘やかされた記憶が無い分嬉しかったのです。

 

父は目をうろうろさせながら、「徐々に復職に向けて早起きなどのリハビリとして動きだしているのは良いが、焦りすぎなんじゃないか」という話を私にしました。

「ゆっくり焦らずやれば良い」というようなことを父は言いました。

 

母は黙っています。

 

私は父にあいづちを打ちながら「ごまかしているな」と思いました。

先ほど両親が言い合っていた内容とは違う話です。

 

私は父に尋ねました。

「さっき上にいた時、家事が何とかとか聞こえたんだけど、あれは何?」

 

二人とも歯切れが悪そうに、もごもごしていました。

 

父「あれは、いま時間があるならもっと家事とかそういうことをするのが、規則正しい生活に繋がるんじゃないかっていう話をしていたんだ」

 

私がもっと深堀りすると、「もっと家事を手伝え」「時間があるなら女の子らしく料理の1つでも覚えたら」ということでした。病気云々ではなく前からそう思っていたと。

 

愕然としました。

やっぱり、私は「女の子らしくしっかり者の長女」でいなければいけないのだと。

父は「口では休みなさい」「メイ子のままで良い」と言うけれど、心の中では私が家族の役割を果たせていないと思っているんだと思いました。

 

私なりに体調の良いときは家事を手伝っているつもりでした。

少なくとも弟よりはずっと自発的に。

なぜ私だけ、いつも「良い子」でいなければいけないの?

父の言う「良い子」は何をどうすれば認めてもらえるの?

 

私は父に「そうだね。もっと家事がんばるね。そうだね、」と笑いました。

笑ったつもりでしたが、うまく笑えませんでした。

泣いていました。

涙が溢れて、父も母の謝る声も聞こえているのに、何も答えることができません。

動けず、ただ、呼吸が荒くなり、涙がぽとぽと落ち続けるのが止められません。

怒りでも、悲しみでもなく、虚無感が一番近い状態でした。

私って本当に役立たずだなと思いました。

消えたいなと思いました。

 

命は大切だって、知ってるはずなのに、消えたいと思う。

 

不安を抑える薬を飲んでも、その気持ちは薄まりませんでした。

 

昨日は両親と眠りました。

 

寝る直前、自分が何をしでかすか分からず、しゃべるのも辛かったのですが、母に「薬を隠して欲しい」とお願いしました。

本当は刃物も隠してほしかったのですが、言えませんでした。

 

でも、母には「薬を隠すこと」がどういう意味か分からなかったようで、「眠れないなら薬を飲んだ方がいいんじゃないの?」と言われました。

 

それっきり、私は言うのをやめました。

 

だって自分の娘が自傷してしまいたい衝動と闘っているなんては、両親は想像していないのです。

 

父も母も、気持ちが不安定になっているというのは知っています。

 

でも、「適応障害」や「精神疾患」が普通の気持ちの揺らぎとは違うということは、あまり理解していないんじゃないかと思います。

 

端々では伝えています。普通の状態とは違ってコントロールができなくなるよ、と。

だから、優しくしてくれる。

でも、私の病気が何なのか自ら調べてくれているとは思えません。

両親に求めすぎなのかもしれません。

病人なんだからもっと優しく扱ってくれよと傲慢になっているのかもしれません。

 

そもそも、私は適応障害なんでしょうか?

会社というストレスから離れていても、「~ねばならない」を少し言われただけで簡単に自分のコントロールが制御不能になります。

それは一時的ではなく、2時間も3時間も、半日、1日経っても引きずります。

 

本当は今日は大学の友人と遊びに行く予定でした。

でも、キャンセルしてしまいました。

行きたかった。会いたかった、

 

でも、いま会うと迷惑をかけるから、またにします。

 

いまも涙が止まりません。

辛いな。