【感想】脳科学者・中野信子著『サイコパス』を読んだけど、色々思うことがあった【書評】
この記事には商品PRが含まれる場合があります
どうも、ひつじ田メイ子です。
「サイコパス」と聞くとみなさんはどんなイメージを持たれますか?
個人的には、漫画や小説なんかでは、犯罪者的立ち位置に立っていることが多いような印象でした。
猟奇的で、常識が通用しない、なんとなく怖いようなイメージ。
少なくとも肯定的に使用される言葉ではないな、という気持ちです。
でも、メディアなんかでは、冗談で「お前はサイコ(パス)」みたいなことを言っているのを耳にします。
言葉狩りをするつもりはありませんが、「メンヘラ」のような言葉も、自らが名乗る分には特に問題ないと思うのですが、他人に使う場合は取り扱い注意な言葉だと思っています。
前々から、「サイコパス」という言葉が気になってはいたのですが、どのような人物をサイコパスと指すのか、サイコパスとは何なのか明確には理解していなかったのです。
そんな中、最近本屋に行くたびに平積みされていて、気になっていた本がコチラ。
中野信子さんはホンマでっかTV等のメディア露出もよくされている脳科学者です。この方の話し方は端的で分かりやすく、TVで拝見している時から好印象を持っていました。
サイコパスは、100人に1人いるという。
最初にサイコパスとはそもそも何なのかという話を本書の説明を引用すると、
もともとサイコパスとは、連続殺人犯などの反社会的な人格を説明するために開発された診断上の概念であり、日本では「精神病質」と訳されてきました。
とあります。
日本には精神医学上では、サイコパスにあたる行動を反社会性パーソナリティ障害とする診断基準はありますが、サイコパスを実態を的確に示す訳語がないとのことです。
近年、脳科学の発達により、サイコパスの人の脳は非サイコパスに比べ、他者に対する共感性や痛みに関する部分が大きく違うということが分かったと書かれています。
この定義から、サイコパスと非サイコパスの脳の動きの違いなどの話が展開されていきます。
まず、最初に前提として強調しておきたいことがあります。
この本の著者は、
「サイコパスである人を差別的に見ている本ではなく、ただ淡々と研究対象として見ている」ということです。
全てを読み終えると、私は読んで良かったと思いました。
この本は読む人が読むと、
「この人ちょっと冷たすぎるのでは」
と思う表現も出てきます。
筆者は本書の3章に差し掛かるまで、おおまかにまとめると、非サイコパスから見た、サイコパスが現代社会において与える不都合な点を並べています。
最初の20P~30Pの間で、
「サイコパスをいかに見抜くか」
「あなたの隣のサイコパス」
などという言葉を使用しています。
序盤だけ読むと、不愉快な気持ちになってしまい読むのをやめようかと思いました。
という小見出しにもちょっと引っ掛かりました。
精神疾患は国家に金銭的負担が発生していることはたしかです。
しかし。サイコパスが起こした犯罪に関わる経費や被害金額と、うつ病による経費負担(恐らく医療費や支援費)を同列に比較する必要はあるのか?と疑問を持ちました。
非サイコパス側から見た、危険な点や不安要素を煽るような言葉ばかりが並んでいて不快だったのです。
これは私情と少し重なるというか、「精神病患者はおかしい奴ばかり」って言われているような気がしてムカついたのです。
私はサイコパス側びいきの目線で読み進めました。
サイコパスは道徳心や良心というブレーキがかかりにくい脳
端的に言うと、何か決定をする際に、合理的判断の下で動くということです。
例えば極端ですが、1人を殺して5人の命が助かるならば、ためらわずそちらを選ぶ。
というような。
ほとんどの人は単純な事実として、合理的な判断だとしても、その選択は選ばないでしょう。
なぜなら、「人を殺してはいけない」というような道徳心や良心のブレーキがかかるからです。
しかし、サイコパスの人は、道徳心を司る脳の部分の働きが非サイコパスの人と比べて動きが緩やかだということです。
文系の私でも分かるように、「人間の思考はどのように決定されるのか」について詳しく書かれていて面白く読めました。
個人的に読んでいて興味深かったのが、
サイコパスの脳はセロトニンの量が多いがために、不安を感じにくく、それ故に反社会的行動をとりやすくなってしまう
という記述です。
一見セロトニンが多い=反社会的行動には結びつかないような気がします。
しかし、幸福感が常にあるということは、
先を心配したりすることが少なく、刹那的な行動に至りやすくなってしまう
そうです。
人間ってなんなんだろう?
私は文学的な思考で1つの現象について考えることは多いです。
思考の癖みたいなものだと思います。
情緒や感情という曖昧なものを、自分が感じたことや周囲に起こった反応から、物事を推測、判断する。
それは色々な可能性が広がることではあります。
全然関係ない事象でも共通項を見いだせて面白いです。
しかしながら、この本を読んでみて、人間を科学や医学という冷静な目線から見た時に、結局は人間は脳が全てなんだろうかと、考えてしまいました。
分泌されるホルモンのバランスや脳の動きによって、私たちは泣いたり笑ったりしているのに過ぎないんだろうか。
全編で
「サイコパスの人は、冷徹で他人の痛みを感じにくく、迷いなく自分の利益のために他人を操作する」
ということが主張されています。
それは色んな研究結果であるんだろうけど。
でも、良心を感じないということが私には感覚的に分からなくて、難しい。
自らをサイコパスだと名乗る方にお会いしたことが無いので、分からないけど。
良心を感じないことに何を思うのか、別に何も思わないのか。
非サイコパスについて何を思うのか。
全ての人の心の中に、良心は多かれ少なかれあるものだと考えていた私にとっては、全くない状態を考えるのがとても難しいと思いました。
でも、本書の中でも記述されているのが、
日本は「嘘を吐かず他人に尽くすことが美徳」とされがちな文化であり、
他国に目をむければ「嘘を吐き、自分の利のために動くことが普通」の文化もある
ということです。
私たちの普通は場所を変えると、途端に異端になりえるのです。
そうなってくると、正しさってなんなんでしょうね。
人間とは、普通とは、良心とは。
文学的要素からではなく、別軸から眺めたい方にはおススメの本です。
また、炎上ブロガーに対する研究結果も掲載されています。
(炎上ブロガーは)賛否は問わず大きく話題になってクリック数が増えさえすれば収入に直結しますし、いくら叩かれたところで捕まったり殺されたりする危険はまずありませんから、刺激に満ちた生活を求めるサイコパスにとってはうってつけの商売といえます。
と著者は述べています。
またカリスマを信仰する人の思考の展開も記述されていて興味深く読みました。
さいごに
本書は、あくまでもサイコパスとはどんなものかを述べている本です。
サイコパスは遺伝子レベルでも違いが分かるようになってきているそうですが、反社会的遺伝子を排除しろというような側面からは全く書かれていません。
冒頭が、サイコパスを若干煽り気味(だと私は感じた)記述が多いです。
しかし、全体を見渡すとサイコパスが果たしてきた歴史的な業績や、サイコパスの人に向いている職業などの側面も記載されています。
あとこの本に限りませんが、この本に書かれていることが全て本当だとは思っていません。
随時いろんな情報を取得して、自分の中の情報をアップデートしていきたいですね。
個人的には何回も読み直したい、好きな本になったので、皆様もよろしければご一読を。
そんなこんなで、アディオス!