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理想の私が死んでいく

適応障害で休職→復帰しました。悩みつつ楽しく生きる雑記ブログ。

PTAは必要ですか?私が「#PTAやめたの私だ」の記事を読んで。

今朝この記事を読んで、すごく衝撃的でした。

www.buzzfeed.com

「 PTAを辞めるという選択肢がある」ということ自体、私は知りませんでした。

この記事を読んで「PTAは必要なのか」という疑問を抱いたので、考えをまとめました。

 

 

PTAって何なのか。

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私の通っていた小中ともPTAはありました。高校はあったのか記憶が定かではありません。

学生時代は意識したことが無かったのですが、今から考えるとPTA活動は親にとって、とても負担だったのではと推測します。私の家では、主に母親がPTAに参加していました。パート勤めをしつつ、家事もしつつ、子供の面倒も見つつ、さらにPTA活動までしていたとなると頭が下がる思いです。

私はPTAのことを何となくしか分からないので、この記事を読んで定義を調べてみました。

日本におけるPTA(ピーティーエー、英語: Parent-Teacher Association)とは、各学校で組織された、保護者と教職員による社会教育関係団体のことである[1]。任意加入の団体であり、結成や加入を義務付ける法的根拠は無く、全ての児童生徒のためのボランティア活動というのが本来のあり方である[2]。PTA - Wikipedia

PTAとはボランティアであり、任意の活動であるということを私はこの記事で初めて知りました。

学校に子どもが通っている以上、行わなければいけない義務なのだと思っていたので、ビックリしました。

しかしながら、同記事内でも指摘されている通り、現実はこんな感じらしいです。

役職決めの保護者会に参加しなければ「欠席裁判」になることも。子どものためのボランティア組織であるはずのPTAで、大人たちが役職を押し付け合ったり、黙りこんだりという光景は、学級会よりひどい。

https://www.buzzfeed.com/akikokobayashi/pta-yameta?utm_term=.nePWryJay#.gk3oKY5RY

母も役員決めで、「役当たったら困るな…ドキドキする」と言っていたことを思い出しました。

任意のはずなのに、何故なすりつけ合いのようなことが起こってしまうのでしょうか。それは、「任意という名の強制という無言の圧力」「参加しない人間は悪」という認識が、慣例としてずっと残り続けてしまっているのかなと思いました。

でも、そもそもの話なのですが、PTAって絶対的に学校で、常に存在しなければいけない組織なのでしょうか。

PTAは本当に必要なのか考える。

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私はまだ結婚もしていないですし、子どももいません。なのでこの問題を語るには、現実と乖離しているかもしれませんが、PTAって本当に必要なのかな?って思います。

具体的な活動内容は、私の記憶とネットでざっと調べた感じだと、

 

  1. 学校行事の運営
  2. 勉強会への参加
  3. 式典や行事の時の記念品贈呈
  4. 登下校時の安全パトロール
  5. 子どもの様子をまとめた広報誌を発行する

PTAって意味あるの⁉活動の種類/目的/メリットとは - マーミー

 

などが挙げられていました。

子どもが成長してい上で、「なくてはならない活動ではなけど、あった方が良い活動」といった感じです。

でも、全てに言えるのが、絶対に行わないと活動ではないはずです。最初に示されている通り、「ボランティア活動」として行えば良いレベルのものだと思います。

 

「PTAに入らない人はずるい」と思ってしまうなら、自分も入るのを辞めよう。

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私は少し前にボランティア活動で感じた話を書きました。

hituzidameiko.hatenablog.com

自分が「こうした方が誰かのためになる」と思っている活動に対して、他人が賛同や協力をしてくれないと、寂しさを覚えることも確かです。

私も寂しかったですし、どうしてみんな協力してくれないんだろうと悩んだ日もありました。でも、ボランティアというのは、突き詰めると「他人のために自分がしたいからしている」ということを忘れてはいけないのです。

誰かに押し付けて、賛同させるべきものではないのです。

このおやつクラブの記事内でも書きましたが、

自己満足だと言われたって、自分が動いて、誰かが笑ってくれたら、すごく嬉しい。

私はアンパンマンにはなれない。 - 理想の私が死んでいく

という「自分が嬉しいからしていること」なのです。誰かに活動を強制することは、誰も幸せにならないと思います。

ボランティアは、お金をもらうことはできませんが、それ以外でも感謝や達成感などの、自分の中へ見返りが無ければ、続けていくことはかなり難しいのではないのでしょうか。

私はボランティアをすることで、「自分でも誰かを少しは笑顔にできた」という充足感があったから続けてこれたのです。

「北風と太陽」のお話ではありませんが、冷たい言葉や固い雰囲気では人の心を溶かしたり賛同を得ることは出来ないと思います。

「PTAの活動に賛同していて継続していくべき」かつ「他の人にもPTAに参加してほしい」と思う人は、無言の強制力でPTAに縛り付けるのではなく、入りたくない人へ入ることへのメリットを提示していくことで、心を動かすことでしか、心からの協力は得られないのではないでしょうか。

 

PTAという組織は廃止して、自発的な活動のみにする

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保護者の負担軽減はもちろん、存在意義そのものが見直しを迫られているPTA。「やりたい人がやる」「できる人がやる」という仕組みにならない限り、「みんな平等に苦労すべきだ」と負担を押しつけ合うところから抜け出せない。

 https://www.buzzfeed.com/akikokobayashi/pta-yameta?utm_term=.nePWryJay#.gk3oKY5RY

『#PTAやめたの私だ 「入会しません」 ひとりの主婦の静かなる抵抗』に記載されている、「やりたい人がPTAをやる」という発想だと、「PTAの入会は任意です」という建前だけ先走り、人間関係のしがらみで結局PTAを抜けられなくて、苦しむ人が増えそうな予感がします。ならば、一旦PTAそのものを廃止にした方が、良いんじゃないかと思いました。

この中で、あなたが必要だと思う活動はありますか?

  1. 学校行事の運営
  2. 勉強会への参加
  3. 式典や行事の時の記念品贈呈
  4. 登下校時の安全パトロール
  5. 子どもの様子をまとめた広報誌を発行する

自分ならこの中で本当に必要なのは、「4.登下校時の安全パトロール」くらいだと思います。物騒な事件や事故も多いので怖いです。

だから、登下校時の自分の子どもがどうしても心配なら、GPS携帯を持たせるとか、賛同者を集めて、交代で見回りする(無理な時はしない)くらいの手段を打つと思う。

「自分は必要だと思うし、こうあってほしい」と思うことに対し、自発的に動いた人達の力は強く本物であり続いていくはずだと思う。

 

黙っていても誰も何かを与えてはくれないし、変えてもくれないです。

「誰かがこう言ったから」とか「こうしろと言ったから」と人間ですので、思いたくなる日もありますが、結局、最終的に選択をするのは自分です。

「私はこうしたい」「こうあればいいのに」と言い続けて、自分が動くことが必要なのだと思うのです。自分で動くのは、大変なエネルギーがいることですが、周囲が変わるのを待っていたら、人生があっという間に終わってしまうような気がしてならないのです。

 

でもね・・・

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でも、私が望んでるのは、自分の利益ばかり追い求める殺伐とした時代じゃないのです。私はこういう社会であれば、本当は一番良いと思う。

身を削ってまで奉仕をするアンパンマンみたいな人にはなれないけど、自分に少し余っているもの、あげられるものは、誰かに贈ってあげられる人にはなりたいと思います。

私はアンパンマンにはなれない。 - 理想の私が死んでいく

誰かが時間がない時に、自分の時間を少し割いてあげられる。

誰かが困っていたら、ちょっとだけ手伝う。

誰かが悲しんでいたら、元気を少しだけ分ける。

そういう、自分が満たされていて少し余っているくらいのものを、誰かに渡せていくことができたら良いのになと思うのです。

 

まとめ

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お子さんがいる方や、実際PTAの関係に悩まれている方がいたら、私が書いたことなんか理想論だと言われるかもしれません。ただ、私はこうあればいいのにと思いました。

もし反論などがありましたら、本当はどういう実態なのか知りたいです。愚痴でも何でも、自分が何に苦しんでいるのかを色んな人に発信していくことで、何かが少しでも変わるのかもしれないと思います。